コラム

旅立つ人の“優しい嘘”に思うこと

先日、元フジテレビアナウンサーの有賀さつきさんが亡くなりました。報道でしか知り得ませんが、長年の仕事仲間や家族にさえ病気のことを一切伝えていなかったそう。あるメディアは、そんな有賀さんの振る舞いを“優しい嘘”と呼びました。

私ならどうしただろう……。旅立つ側であれば私もひっそり逝きたいかもしれない。残される側ならどう思う? どうして打ち明けてくれなかったのと憤りを覚えただろうか。旅立つ人がつく優しい嘘は、残される人にとって残酷な嘘になることもあり、双方の間には度々大きな溝が生まれます。果たしてその溝は埋まるのか。そもそも埋める必要はあるのか。

何も言わずに逝くなんて無責任。もっと家族と歩み寄るべきだという意見もあるけど、すべての人が家族と良好な関係であるとは限らない。それに、誰の手もわずらわせないことが自分にできる最良の後始末で、最後の愛の形と考えて逝く人もいるでしょう。人の数だけ価値観があり、価値観の数だけさよならの形がある。良し悪しを論じるのではなく、逝った人の胸の内に思いを寄せて尊重できる人に、私はなりたい。

著名人の訃報や病気の報道は、「その時、私ならどうするか」を考えるいい機会。普段目を反らしがちな事について考え、自分の価値観を掘り出してみる。そうすると、自分がどう生きたいのか、身近な人との関わり方も見えてくる。一晩寝たら忘れてしまっても構わない。時々立ち止まって考えをめぐらすことに意味があり、それがいざという時に後悔しないための備えになると思うのです。

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