体験者インタビュー

「バストラインを再現し手術したことを忘れてほしい」。乳がんを経験したファッションと下着のプロの思い

48歳で乳がんを発症し、左乳房を全摘出した西沢桂子さん。命より重たいものはないという常識の中、「なぜ体の一部を失ってまで、私は命を優先したのか」と語る西沢さんの一言は衝撃的であり、患者の価値観の多様性を再認識する瞬間でもありました。また病気を経て、ファッションと下着のプロとして培った知識と経験を生かし、変化する女性の外観を美しく見せる仕事に役割を見出し、迷いなく進む生き方にも心打たれます。

 

人生の中心だった仕事を手放し、乳がん治療へ

私は現在、東京・青山でオーダーメイドブラジャーと、乳がんのアピアランスケア※1のためのオーダーメイドシリコンバストを扱うブランド、「BRALABO」を経営しています。20代はファッション雑誌の編集スタイリスト、30代は美容広報誌の編集ディレクター。そして、40代は下着カタログの編集長や商品企画を担当し、めまぐるしく仕事に邁進してきました。若い頃は目の前の仕事に精一杯で検診に行くという意識はなく、48歳のときに会社の勧めで受けた乳がん検診で精密検査が必要なD判定に。当時は名古屋の下着小売店と委託契約を結んでいて、東京への本社移動のために奔走している最中でした。出張の合間に時間をつくり精密検査を受けましたが、相変わらず頭の中は仕事のことで一杯。D判定を突き付けられても、恥ずかしながら「それどころじゃない」というのが本音でした。

精密検査の結果、左乳房にがんが確定。悔しいけれど担当していた仕事は手放しました。なるべく体へのダメージが少ない術式を希望し、内視鏡で手術をする医師を徹底的に調べ、すべての医師のもとに診察に行って主治医を選びました。しかし、最初の治療計画から一人で通常の生活するのは難しいと思い、実家のある新潟に帰郷。新潟と東京を行き来しながら治療を行いました。

※1 アピアランスは「外観」を意味し、アピアランスケアは治療に伴う外観の変化を補完し、患者の苦痛を軽減するケアのこと。

一番の苦痛は乳房を奪われること。病気に怒りも

乳がんと診断されて止むに止まれず手術をしましたが、その選択はベストだったのかと、今になって思います。なぜ手術をしないという選択肢を選ぶことがなかったのか。私の中では当時も今も、がん=死、死=怖いという図式はなく、何より堪えがたいのは体の一部が奪われることです。女性だけに授けられた乳房を奪う、乳がんという病気には怒りさえ感じています。手術は避けられないし、命が一番とわかっているけれど、あのとき手術をしなければ、あと数年間はそのままの体で生きられたはず。もしかして共存しながら生きられていたかも、そんなことを思ってしまいます。

大病をすると多くの場合、命と外観の変化を天秤にかけて二者選択を迫られます。当時は、命は守るべきものという固定観念に縛られていましたが、どちらか一つしか守れないとしたら、今はそのままの体でいられる選択を優先するかもしれないと思います。実際、生死に直面すれば違う思いを抱くかもしれませんし、友人たちの治療を受け入れる姿、生き抜く姿には、心から「その方なりのいい選択。正しい選択である」と思い、命が守られたことによかったと思うのですが、自分のことに関しては「なぜ手術をしたのだろう」と、複雑な思いに駆られます。

外観の変化に効果を発揮する下着ブランドを設立

手術は温存手術の予定でしたが、断端陽性※2がわかり全摘手術を余儀なくされ、左右対称のバストラインを失いました。そこで自分のために、着け心地が快適で、今まで通りのバストラインを再現するブラジャーをつくろうと考えました。設計を考え、工場を探し、こだわり抜いた結果、一点の妥協もないブラジャーが完成。かねてより起業を考えていたこともあり、2013年夏にオリジナル下着ブランド「BRALABO」を立ち上げ、オーダーメイドブラジャーの販売を始めました。

そのうちに下着のプロで乳がん体験者である私を頼って、手術や再建手術による左右非対称のバストラインに悩む同病の女性もサロンを訪れるようになり、最初は悲しみの声を受け止める役をしていました。でも心が晴れるのは一時的であり解決には至らず、悩める心はずっと続く。その現実が私には堪え難く、自分にはもっとできることがあり、そこに私の役割があると思うようになりました。私がやるべき寄り添いとは、「ファッションと下着の専門知識や、技術を駆使して役に立つこと」「私の物づくりで確実に願いを叶える。悩みを解決すること」だと思いました。

そうして、乳がん体験者向けに弊社のブラジャーとセットでお使いいただくシリコンパッドを開発し、オーダーメイドで提供することに。これまでに私は、「手術をしたから仕方がない」と、外観の変化を諦めている女性にたくさん出会ってきました。そんな方たちもきっと、以前は髪型が決まらないだけで気分が下がり、自分の外観に敏感であり深い愛着を持っていたはず。諦めという形で心に折り合いをつけてほしくありません。そんな思いで、洋服を着て出かけるとき自信と安心を吹き込むシリコンバストをつくっています。でもわたしが一番望んでいるのは、この世から乳がんと乳がんで乳房を失うことがなくなり、このシリコンバストが必要な女性がいなくなるということです。

※2 乳房温存手術で切除した組織の断端(切り口)を病理検査で調べ、がん細胞が残っているケース。

美しいバストメイクを叶えるオーダーメイドブラジャー。

女性の尊厳と新しい価値をデザインする商品を開発

「BRALABO」の理念は、『女性の尊厳と新しい価値をデザインする』こと。もちろん、商品もこの理念に沿って開発しています。オーダーメイドブラジャーは、“西沢式フィッテング”と名付けた独自の設計と着け方により、楽・美胸・ズレないを実現。特徴は、例えば低反発枕と同じ素材でつくった自立型の立体カップ。どんな形のバストも美しく形づくり、洋服を着たときに理想的なシルエットとプロポーションを演出します。ほかにもワイヤーが肌に当たらない仕様や、オールレースにして全体が均一に伸縮することで、日常生活が楽になるよう工夫。動きに合わせてブラジャーが体にフィットする、ストレスのない装着感に特にこだわっています。

また、再建手術用のシリコンインプラントや人工乳房は、裸の胸をイメージしているためバストの下にボリュームがある「下垂型」。弊社のシリコンバストは、洋服を着たときに装いが美しく見える、バストの上にボリュームのある「バストアップ型」が特徴。製作工程も一切妥協せず、サロンで一人ひとり手術痕を型取って石膏型を作成。その型に合わせてつくった粘土製の仮モデルをブラジャーと一緒に着用していただき、健側の乳房と左右対称のバストラインになるように、ディレクターの私と職人が何度も微調整。体に負担なく左右対称のバストラインが整い、手術痕にフィットするバストアップ型のシリコンバストが完成します。

手術したことを忘れる再生したような美しいバストラインを手に入れて、以前のような自信を取り戻してもらえたら。長年培ってきた下着とファッションの知識が、今こうして生かされ、誰かの役に立てることが何より嬉しいです。お客様に「救ってくれてありがとうございます」と言われますが、このような人生を送らせていただき、救われているのは私の方だと思っています。

洋服を着たときに自然で美しく見える、バストアップ型のシリコンバスト(右)。

シリコンバストの内側は、手術痕の凹凸をなぞっているため体にぴったりフィットする。体の一部のような安心感のある着け心地。

■オーダーメイドのブラジャーとシリコンバストを販売
下着ブランド「BRALABO」を主宰。オーダーメイドブラジャーのほか、乳がん体験者向けに、洋服を着たときに美しく見えるバストアップ型のシリコンバストをオーダーメイドで提供しています。商品やオーダー方法の詳細はHPをご確認ください。
BRALABO

 

■輝くことを諦めない。装いの力で自分らしく、美しく
ファッションと下着で外観を美しくクリエイトする取り組みを行う「装いアピアランスクリエイト協会」を設立。発起人は、装いのプロで乳がん体験者の西沢桂子さん。定期開催する「装いレッスン」では、乳がん手術後のバストライン・ボディラインを「装いに効く美しい左右対称にリカバリーする方法」や、女性なら誰でも知りたい、スカーフの使い方、体型を美しく表現するテクニックなどをレクチャー。レッスンの日程はHPをご確認ください。
装いアピアランスクリエイト協会

 

▽西沢桂子さん                                                                  下着プランナー・下着ビジネスコンサルタント。雑誌や広告のスタイリスト、編集者を経て、現在は下着の専門家として活動。オリジナルブランド「BRALABO」の運営を中心に、バンタンデザイン研究所ランジェリーデザイン科講師、メディアで下着の指南役、下着ビジネスのコンサル、通販商品の企画監修などを担う。また装いコンサルタントとして、ミスユニバース新潟ビューティキャンプの講師を経験、テレビ局主宰のカルチャースクールで講師も務める。2018年、ファッションと下着の力で美しい外観をクリエイトする活動を行う、「装いアピアランスクリエイト協会」を設立。

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